ある日の彼ら
「おい、勾」
台所のテーブルに座って買い物メモを書いていた紅蓮は、顔を上げて同胞の名を呼んだ。
「何だ、呼んだか?」
呼ばれて、居間から勾陣がひょいと現れる。
「呼んだ。今から買い物に行こうと思うんだが、何か買って来るモノとかあるか?」
紅蓮の手元にあるメモにざっと目を通した勾陣は、背後から無言でペンを奪うと、そのまま紅蓮の背にのしかかるような体勢で一番下に書き足した。
「…七味唐辛子?」
「ああ、あと少しでなくなりそうなんだ。ストックはあった方がいいだろう?」
彼女らしい流れるような筆致で書かれた七味唐辛子、という文字に紅蓮は、ん?と首を傾けた。七味唐辛子なんぞ、そうそうすぐに使い切ってしまうような代物ではないはずだ。
が、安倍家では何故か減りがやたらと早い。
思い当たる節はある。
その原因であろう約一名の顔を、彼はじっと肩越しに見た。
「何だ、その何か言いたげな目は」
「…減りが早いのはお前らが大量に消費するせいだろうが」
お前「ら」、の一人に数えられた勾陣は、心外だとでも言うように、紅蓮を見返す。
「普通に使っているだろう」
「いや、あれのどこが普通だ!太裳と二人揃ってうどんだの蕎麦だのに真っ赤になるまで七味入れてるだろうが!!」
勾陣と太裳の二人が揃って食卓につくことはあまりないのだが、稀にそうなることがあって、更にその日のメニューが麺類だったりすると、それはもう凄まじいことになる。
まるで互いに競争するかのようにばっさばっさと大量に投下するものだから、仕舞いには汁の表面が見えなくなるぐらいにまで赤くなるのだ。
それでなくても辛党の二名は、普段からきんぴらなどにも七味を振り掛ける。
そしてその度に、辛いものがあまり好きではない昌浩が、うわー、といういささか引き攣った表情をしながらできるだけ七味がかかっていなさそうな場所を探すのも、恒例だ。
「もう少し量を減らせ。家計の為にも」
「たかが七味唐辛子だろうが。けちくさいことを言うな。十二神将最強の名が聞いて呆れるぞ」
「それは関係ないだろ!」
くわっ、と言い返して、紅蓮は先程から感じていた微妙な違和感に、まじまじと勾陣を見つめた。
何だろうか。きっとその正体は些細なことなんだろうが、かなり気になる。
「おい、騰蛇。ひとのことをじろじろと見るな」
視線に多少の居心地の悪さを感じた勾陣は、右手にペンを持ったまま軽く眉を顰める。
ペンを持ったまま。
右手で。
「…勾、俺の記憶が正しければ、お前は確か左利きのはずだったんだが」
漸く違和感の正体に気付き、紅蓮は身体を椅子ごと反転させて勾陣の方に向き直った。
確かに彼女は筆架叉を両手で操りもする。
しかし、右手はどちらかというと相手の攻撃を防ぐのに用いていて、敵に対する攻撃には左手を使っていたはずだ。
ボケの始まりか?いや、そんなはずはない。
紅蓮の言葉に、勾陣は、ああ、と納得がいったように己の右手を見、しれっと言った。
「私は左利きだと言った覚えはないが」
「は!?」
え、いやだってお前、左の筆架叉で攻撃してるだろ。普通そっちが利き手だろ。
てか、千年前、あの時、左利きだって認めなかったか?おい。
もごもごとその内わけのわからないことを呟き出す十二神将最強の男を見下ろしながら、勾陣は右手で器用にペンを回す。
「両利きなんだ、私は。筆架叉とかそういうものは左で扱うが、文字を書くのは右でな。まぁ、普段お前の前で字を書いたりしないから気付かなかったのも無理はないが」
「…ちなみに、箸は?」
「左」
「もう一つ聞くが、前に俺がお前の利き手が左だと言ったとき、肯定したよな?」
「あれは…」
指摘を受けた勾陣は、ふいと気まずそうに目を逸らし、それから口を開いた。
「あの時私は、『ああ…確かに筆架叉を使うのは左だから問題はない』と言おうとしたんだ」
しかし、酷い怪我で体力が消耗しきっていたため、あれ以上話す気力がなかったのだ。
相変わらずくるくるとペンを回しながら、勾陣はさらりと真実を告げた。
一方、永い付き合いにも関わらず初めてそのことを知った紅蓮は、何じゃそりゃ、と軽く放心状態で勾陣を見上げている。何だかいまひとつ納得がいかない。
「…ほら、いつまで呆けているつもりだ。さっさと買い物に行って来い」
「……へいへい」
盛大に溜息をついた紅蓮は、よっこらせと立ち上がると、買い物へ行く支度を始める。その背中に、容赦ない勾陣の声がかかった。
「七味を買うなら京都の祇園にある七味屋が作ってるやつだからな」
「そこまで注文つけるならお前も一緒に来い!」
fin.
捏造万歳
こうだったら面白いのにな、と
新刊での姐さんの利き手発覚から妄想
06.8.15.