初参り
ぱたぱたと、子ども達は勢いよく石段を駆け上っていく。出かける前は寒いから炬燵から出たくないだのとぶつくさ言っていたくせに、いざこうして赤い鳥居とそこから伸びる石畳を目の前にした途端、「先に行ってるから!」と一言残して早々と行ってしまった。日を跨ぐまで起きていたのに、子どもは元気だ。
「おい、昌浩、こけるなよ」
やれやれと冗談交じりに背中に向かって声をかけてみると、「わかってるって」と振り向きもせずに昌浩はまた一つ石段に足をかけた。まったく中学生にもなって、やることはまだまだ子どもだな、と呆れている紅蓮の傍を、疾風のように小柄な同胞が駆け抜けていった。
「玄武、早くしなさいよ!」
「引っ張るな……っ、我は……っ」
苦しい、と声にならない訴えが聞こえた気がした。
「……あれに比べれば、昌浩は随分と成長したのではないか?」
玄武のマフラーをぐいぐいと引っ張る太陰を眺めやって苦笑交じりにそう呟いた勾陣に、紅蓮は「……確かにな」と真っ当な返事をした。太陰が玄武を引っ張りまわす光景は今日に限らず日常茶飯事だ。口を開くたびに、真っ白い息が空中に融けていく。
一月一日の神社は、普段と違ってぴんと張り詰めたような清冽な空気を纏っている。ここに初詣に来なくても、どうせ安倍の本家に戻ったときに一族総出で氏社に出向くのだが、元日にお参りがしたい、と不平を漏らした幼い日の昌浩と、それに便乗した一部の神将たちにより、出かけたいものだけがこうして初参りをする行事がいつしか成立しつつある。
「しかしさすがに寒いな……家にいればよかった」
手袋をはめた両手を擦り合わせている勾陣の、髪の隙間から覗く耳が寒さのために赤みを帯びている。保護者役を負かされた自分とは違い、自ら行くと言ったのだから文句を言うな、と言いかけて、紅蓮は彼女の手を取った。あと少し上れば、本殿はすぐだ。
「なら、早く行って済ませて、さっさと戻るぞ。どうせ上で昌浩たちが遅いと待ってるんだろうからな」
「……ああ」
繋いだ手に軽く見開かれた黒曜の瞳が、柔らかな光を帯びる。既に参拝を終わらせたらしい数人のご近所さんたちとすれ違いながら、石段の向うを見上げた。ぴょん、と太陰の栗色の髪が跳ねている。
「そういえば、勾、何で今年はついて来たんだ?」
毎年面倒がって行かないくせに、と紅蓮は整った横顔に尋ねた。それなのに、今年は重い腰を上げたのは何故か。少し考え込むような間があって、「お前が、行くと言うから」と応えた勾陣の唇が、笑みの形に持ち上げられる。
「は……?」
「……と言ったら、どうする?」
一瞬どきりとしたこちらの思考を読んだのか、すぐにからかうような声が投げかけられた。
「お前、なぁ……」
たじろぐ紅蓮をよそに、勾陣はとても楽しそうだった。
「ほら、騰蛇。行くぞ」
ふわりと白い息と共に微笑した勾陣に、紅蓮は繋いだ手に力を込めることで応えた。
石段を上り切る直前、するりと手が離れていく。「おい」と不満の声を上げると、勾陣はひらひらと手のひらを振りながら、「昌浩たちに見せつけるつもりか?」と斜に見上げてきた。
「いや、そりゃそうだが……」
「それに」
ほら、と勾陣が指し示した方に視線を動かすと、拝殿の脇で昌浩と話し込んでいる小さな背中と、少し距離を置いて立つ二つの人影は、紅蓮もよく知るものだ。
「何だ、伊勢の一家も来てたのか」
よ、と片手を挙げた紅蓮に対し、益荒がちらと視線を寄越す。軽く目礼した阿曇とは違い、益荒の目つきには一方的な敵意が含まれている。正月早々、随分と嫌われたものだ。とはいえ、それは彼の少女を巡る場合のみに限られる。
とりあえず少女とその取り巻き二人は昌浩に任せるとして、紅蓮と勾陣は拝殿の正面に向き直った。鈴を鳴らし、二礼してから柏手を打ち鳴らした。神の末席にある者が神に対して祈るという行為は果たしてどうなのだろうと多少思いつつ、挨拶の意味も込めればいいかという結論を勝手につける。
もう一度礼をして、頭を上げた紅蓮は「よし、帰るか」とまだ楽しそうに談笑を続けている
昌浩たちを振り向いた。話し足りないならば安倍家に連れてくればいいだろう、と提案してみると、案の定益荒の表情が険しくなる。
「貴様、よくも斎様を……」
低く吐き捨てた益荒のつま先を、阿曇が顔色も変えずに踏みつけ、「斎様が喜ばれるならばそれでいいではないか」と宥める。そのままの体勢で、「斎様、いかがされますか?」と瞬時に笑顔を斎に向ける彼女の恐ろしさと益荒の苦労を、ほんの少し垣間見た気がした。あれに比べれば、隣の勾陣が自分に対して行う数々の仕打ちは、多少なりとも情があるだけましというものではないだろうか。
「……騰蛇、今お前、何かもの凄く失礼なことを考えていないか」
「いや、気のせいだろ」
じと、と横目で軽く睨んだ勾陣が、今は可愛らしく思えた。
「うん、お前はまだ可愛げがあるな、と思っただけだ」
「何だ。脈絡もなくおかしなことを言うな」
ますます訳がわからない、という顔をした勾陣の頭に手を置き、「俺の中での認識の問題だ」と紅蓮はしみじみ言った。
fin.
09.1.2.
新年祝いフリー
毎年の光景+ほのぼの伊勢組
とりあえずあけましておめでとうございます