七夕のオフィス




 執務室の扉が開く音に、ヴィレッタは決済書類から顔を上げてそちらを見ると、1時間ほど前にクロヴィスの元へと出て行ったジェレミアがようやく戻ってきたところだった。
「ジェレミア卿、お戻りですか」
「ああ、すまない遅くなった」
「いえ」
 どうせまたクロヴィスの長話に延々と付き合わされたのだろうと容易に想像がついたので、ヴィレッタは短い返事を一言返しただけに止めた。
 あの総督はどうもジェレミアが気に入りらしく、事務的な用件で顔を出す度にその倍以上の時間彼を引き止めているらしい。今日は一体何の話だったのだろうとヴィレッタがジェレミアに目線で問うと、ジェレミアは、総督室に飾られていた、色々な飾りがついた笹についてだった、と言った。
 笹と言われてヴィレッタの脳裏に思いついたのは、中華連邦の奥地に棲息しているという珍獣だったが、まさかあの美しいものをこよなく愛する第三皇子が今度はパンダを飼いたいと言い出したのかと、ヴィレッタは首を傾げた。
「何でも、エリア11の行事らしい。何といったか……とりあえずその笹の葉に願い事を書いた紙をくくりつけると願いが叶うのだそうだ」
「願いが叶うのですか…?」
「殿下はそういったものがお好きでいらっしゃるからな」
 執務机の椅子に腰かけようとして、ジェレミアはふと思い出したように軍服のポケットに手をやり、小さな包みを取り出した。デスクの脇にそれを置いてから座り、ヴィレッタを手招いて傍に呼び寄せた。
「殿下から頂いたのだが、これはお前にやろう」
「…よろしいので?」
「構わん」
 訝しむヴィレッタに包みを差し出すと、やや間があってそっと遠慮がちに受け取られた。
 掌に乗る程度のそれは、色鮮やかな厚手の紙で作られていて、紐で封がされているようだった。
「開けてもよろしいでしょうか」
 紐を引っ張って包みを解くと、中から現れたのは色とりどりの小さな砂糖菓子だった。
 近くで見ると、小さな突起がいくつもついていてまるで星のようだと、ヴィレッタは思った。
「星を模した砂糖菓子だそうだ。本国ではあまり見かけないだろう」
「ええ。初めて見ました」
 オレンジ色のものを一粒摘んで口の中に入れると、仄かな甘みとオレンジの香りがして、ヴィレッタは口元を綻ばせた。
 ヴィレッタが甘いものが好きだと知っているジェレミアは、こうやって時たまクロヴィスから拝領してきた菓子などの類を、甘いものをあまり好まないからなどの適当な理由をつけてそっくりそのまま渡してくれる。ものによっては二人で分けることもあるが、ほとんどは彼女のものになっている。
「ジェレミア卿…ありがとうございます」
「何、気にすることはない」
 ジェレミアは目を細めて鷹揚に答えると、口の端を笑みの形に吊り上げてヴィレッタの腕を掴んで引き寄せ、その唇に口付けた。
「礼はこれで十分だ」
「お戯れを」
 掴まれた腕はそのままに、ヴィレッタは今度は自分から唇を重ねた。



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