物の怪+勾陣(平安)




夜明け前から降り出した雨は、昼になっても止む気配はなく、今もしとしとと地面を濡らしている。
陰陽寮の簀子に四つ足を揃えて座る物の怪は天から落ちてくる雨粒を眺めて片耳をそよがせた。こうも毎日毎日雨が降るとこちらの気まで滅入ってくる。毛並みは重たいし、足は濡れるし、不便なことこの上ない。湿気を含んで木の香を漂わせている簀子に寝そべるのも、じめじめしそうで、できれば遠慮したい。かといって仕事中の昌浩をからかうのは本意ではない。
雨音と、軒先から滴る雨水が水溜りに波紋をつくる音以外は、他に大勢の人間がいるとは思えないぐらいに静かだ。

「あー……ひまだ」

つまりは、手持ち無沙汰なのだ。いっそ大雨ならば、すぐに止むかと諦めがつくが、こうして小降りだと、いつまでもしつこく降り続けているから腹が立つ。
まったく、貴船の神もここまで張り切らなくてもいいのになー、と決して口には出せない不平を心の中で呟きながら、物の怪はかしかしと後足で耳の裏を掻いた。
ふわああ、と大口を開けて思い切り欠伸をしたところで、傍らに一つ、よく知った神気が出現した。

「何だ騰蛇、随分と暇そうだな」

昌浩についていたはずの同胞は、肩口の辺りで切り揃えられた黒髪を揺らして笑いながらそう言った。こっちだって好きで暇なわけじゃないと、ごにょごにょと言い訳をした物の怪の隣に、十二神将勾陣は片膝を立てて腰を下ろした。

「昌浩はいいのか、放っておいて」
「何、この距離で何事かあっても対処はできるし、できなかったとしてもそれでどうにかなるほどあれは弱くはないだろう」
「まあ、そうだが…」

昌浩の実力を認めているのだと思えば納得できるのだが、式神としての任はどうなんだという思いもなくはない。

「あまり過保護だと、子離れができなくなるぞ、騰蛇よ」
「…………」

むむ、と押し黙った物の怪を、勾陣はひょいと抱え上げていつも昌浩がそうしているように胸の前で抱いた。若干の水気でしっとりとしている白い毛並みを梳いてやりながら、空を眺める。
空を覆う雨雲は、まだしばらくの間居座りそうだ。

「子離れ、なぁ…」
「寂しいか?」
「そりゃ、多少は」

何せ赤子の時からずっと面倒を見てきたのだ。あっさりと離れがたい程の絆が、彼らの間にはある。すっかり父親気分だな、と物の怪の頭を見下ろしながら勾陣はこっそり笑った。
この様子では昌浩が独り立ちできるまでにはまだまだ時間がかかりそうだ。せめて彰子を嫁にするぐらいまでは物の怪が保護者だろう。彰子も、吉昌と物の怪と二人も舅ができて大変なことだ、とどこかずれたことを考えながら、物の怪の頭をぽんぽんと撫でた。

「ほら、ここにいると冷えるだろう。中に入るぞ」
「そうだな」

fin.