不器用な手のひら




「斎様、御髪に灰が……」
 益荒の声に、斎はそろりと頭に手をやった。この間、昌浩の兄という青年にも取ってもらったばかりだというのに。
手探りで今度は何とか払おうとすると、益荒の手によってそっと押さえられる。何事かと高い位置にある瞳を見上げた。
「お取りいたします。動かれませぬよう」
「……わかった」
 顔を前に戻すと無骨な指が斎の髪に触れる。自分の見えないところで何が起こっているのかわからないのがもどかしいが、こればかりは仕方がない。
 大人しく待つことしばらく。
 祭殿の間は、打ち寄せる波の音と、篝火の爆ぜる音以外はひどく静かだ。斎の視線の先には、ただひたすらに神に祈りを捧げる玉依姫の姿がある。
「……益荒、まだか」
「…………いましばらく、お待ちを」
 いい加減痺れを切らした斎は待ちきれずに声を上げた。前を向いたまま問うと、数拍の沈黙の後、いささか硬い返事が降ってくる。
「益荒……お前」
「何でしょう」
 それを言うつもりは実は斎にはなかったのだが、あまりにも時間がかかっているため、つい口にしてしまったのだ。
「あの男より不器用だな」
 瞬間、益荒の手が止まった。
「……斎様、あの男、とは?」
 声の温度が一気に下がり、さすがの斎もまずいことを言っただろうかと気づいた。
「昌浩の兄だ。以前、このようにして髪についた灰を取ってもらったのだ」
「あの男、斎様の御髪に触れたのか……!!」
 ぎりぎりと、益荒が歯噛みしている。気配がする。髪に触れただの触れないだの、それほど大事だろうか。
 確かに斎自身、知らない人間に触れられるのは好きではない。ただ、あの青年については不思議と嫌悪感はなかった。
 彼の纏う柔らかな雰囲気のせいもあるかもしれない。何よりも、彼は自分に険の籠った視線を向けなかったのだ。幼い頃から共にいた益荒と阿曇以外では、初めての人間だった。彼の眼差しは、嫌いではない。
などとつらつらと考えて、斎は口を開いた。
「益荒、もうよい。あの男に取ってもらうことにする」
「それはなりません!!」
「何故だ、益荒。わらわはもう待ちくたびれた」
「何とかいたします。ですから今しばらくお待ちを」
「……では早くしてくれ」
 僅かに肩を落として、斎はその場に端坐した。
 益荒が本当に自分のためを思ってくれているのは知っている。忌み嫌われた自分を大切にしてくれた。
 だから、長丁場になろうとも待つことで、その行いに応えたいと思った。


「……まだか。無理ならば阿曇を呼ぶ」
「斎様……どうかそれだけはご勘弁を」

fin.

09.2.27.memoから移動