花を
簀子に端坐したままぼんやりと庭を眺めて、どれほど時が過ぎたのだろう。
今ここにはいない主のことを思案していた天后は、もう何度目になるかわからない溜息を吐き出した。出雲から戻ってきたら、言いたいことは山ほどもある。
胸の奥に渦巻く想いを押し留めて顔を上げた時目に映ったのは、白い山百合の花だった。
「……もう、この季節なのね」
主の亡き妻のためにと植えたそれはいつしか株を増やし、庭のあちらこちらで可憐な花を咲かせている。
「何か言ったか?」
横合いから不意に抑揚のない声がかけられた。
「青龍……」
顧みると、無愛想な顔をした木将が蒼の双眸だけをこちらに向けている。彼が用もないのに声をかけてくることなど珍しい。
意外なこともあるものだと瞬きをして、天后はいいえと首を振った。
「若菜の事を、思い出していただけ。……山百合が咲いているから」
そう言いながらもその瞬間に天后の脳裏に浮かんだのは、別の面差しだった。強い見鬼の才や気立てのよさは、折に触れて若菜を思い起こさせる。けれど、彼の姫は我々を少しも恐れない。
「……藤の姫は、どのような花が好きなのかしら」
始めから答が返ってこないことを承知で、半ば独り言に近い形の言葉を口にすると、「知るか」とそっけない声がした。それが何だか嬉しくて、つい口元が緩んでしまったらしい。
「……何がおかしい」
今度は声音が幾分厳しい。腕組みをした青龍へ、もう一度いいえ、と言った天后は、ふとした悪戯心から首を軽く傾げた。
「もし、私が姫のために山へ行って花を採ってくると言ったら、あなたはまた手伝ってくれますか?」
前回は、晴明の命だと言って、彼は不承不承山百合を掘り起こすのを手伝ってくれた。
青龍の眉間に刻まれた皺がいっそう深くなり、ふいと顔が背けられる。
「…………勝手にしろ」
「ありがとうございます」
かなり投げやりな言葉だったけれど、それが天后にはとても嬉しかった。
今度、彰子姫が元気になったら好きな花を訊こう。それから、山でも野でもいい、出かけていって、花を庭に植えよう。そうすれば、またこの邸がにぎやかになる。
fin.
09.2.27.memoから移動