縛魂





「…青龍は」
 最も反りの合わない同胞の名が、その口から発せられた事に僅かな驚きを覚えつつ、勾陣は彼が何を問うているのかを瞬時に悟った。
「太裳の結界の中だ。あいつとて、我らと同じ闘将だ。並大抵のことではくたばらんさ。直に回復するだろう」
「そうか…」
 それきり、騰蛇はふつりと押し黙った。
 今回の事で、彼と青龍の対立は決定的なものとなっただろう。
 元より火と水の属性を持つ彼らの相性は、そこに同族嫌悪のようなものも加わってか、最悪だった。それでも、互いに関わろうとしていなかったから、何とか今までやってこれたのだ。
 だが今や、その危うい、蜘蛛の糸にも似た均衡が、完全に壊れてしまった。晴明を絶対の存在とする青龍は、いくら己が主が騰蛇を許したとしても、頑として態度を変えないだろう。他の神将達も以前から騰蛇と一定の距離を置いてはいたが、その溝もさらに深まってしまったに違いない。
 見慣れた筈の長身が、いつになく小さく、弱く、そして脆く見えて、勾陣は唇の端を噛んだ。
 これが、あの騰蛇の、真の姿なのだ。誰よりも優しく、繊細で、壊れやすい。なぜ他の誰も、このことに気付かないのだろう。罪を犯した彼が、傷ついていないとでも思っているのだろうか。
 だとすれば、それはあまりにも大きな間違いだというのに。
「騰蛇」
「……、来るなっ」
 全身で、彼は自身に近付く全てを拒絶していた。肌に刺すような神気がそれを如実に表している。
 しかし勾陣はそれを全く意に介すことなく、無造作に騰蛇の傍に歩み寄り、片膝をついてその肩に手を伸ばした。途端、痛いほどの力でその手を掴まれ、きつく抱き締められる。
「…っ、騰蛇、っ」
「勾陣…俺は、…俺はっ」
 軽く抵抗を試みるものの、自分よりも力の強い騰蛇の腕から逃げ出せるはずもなく、勾陣は半ば諦めたように身体の力を抜き、 騰蛇の好きなようにさせた。彼はずっと、孤独と罪の意識に蝕まれていたのだから。
 その心は、ひたすらに助けを求めていながら、同胞たちは、それに気付かなかった。気付こうと、しなかった。勝手に作り出した虚像の騰蛇しか、見ていなかった。煉獄の焔を纏う最凶の存在という上辺だけを見て、彼を知った気になっていたのだ。
 ならばせめて、と勾陣は思う。自分だけは、彼の傍らにありたいと。いつか、晴明の子等の中から、彼を変えるかもしれない人物が現れるまで。
「頼む……もしも、再びがあったなら…」
 息が詰まりそうになるぐらいに、勾陣の痩躯を抱く腕にきつく力を込めて、騰蛇は血を吐くような声でうめいた。肌が触れている箇所から、微かな腕の震えが伝わってくる。
「俺を、…殺してくれ…っ」
 騰蛇と互角に渡りあう事ができるのは、十二神将の中でも、同じ凶将である勾陣だけだろう。しかし、勾陣とて、下手をすれば返り討ちにあって命を落としかねない。否、むしろ、そちらの確率の方が高いかもしれないのだ。
「…お前は、私に死ねと?」
 そんな心中みたいな真似は、御免だ。
 心の奥底にあるものを悟られないように、均整の取れた逞しい肩口に額を押し付け、息を吸う。
「この戯け者が」
 常よりも低い声音で言い捨てて、彼女は続けた。
「死ぬことは、事実から目を逸らして逃げることと同じだ」
 だから、お前は死んではいけない。逃げることは許されない。生涯、その罪に苛まれながら生きるのだ。
 そして何より、とても身勝手なことだけれど、自分自身が彼とは剣を交えたくはない。
 あぁ、なんと矛盾していることだろうか。一方では、罪に苦しむ姿を見ていたくはないと思っているのに。
「…勾陣」
 騰蛇、と彼の名を口の中で小さく呟いて、勾陣はここへ来た本来の目的を果たす為に口を開いた。
「…晴明が、呼んでいる。行ってやれ」


fin.

「儚き〜」の例の二つ名の辺りの直前場面を捏造
なので呼び名は「勾陣」

彼らの間に「愛」はあっても「恋」はない、みたいなそんな雰囲気
うちの紅勾お得意のパターン…

06.6.23.