苛烈




 目の前に立つ同胞は先ほどから一言も発していない。だが、華奢な肢体から立ち上る神気は、静かに燃え立つ青白い炎のような鋭さをもってぴりぴりと肌に突き刺さる。
 張り詰めた空気の中、無言の睨み合いがしばらくの間続いた。
「俺に何用だ、勾陣」
 どうにか口を開いた青龍は、表面上はあくまで静かな勾陣の顔を見返した。
 言いたいことがあるならばはっきりと口に出して言えばいい。常の彼女ならば、そうしているはずだ。
 ただ何も言わず、その場に立っているだけの瞳からは、何も読み取ることができない。それが、青龍の神経を逆撫でする。
「用がないならばそこをどけ。俺はこれから晴明の元へ行く」
 過日、己が主と認めた青年は命に関わるほどの傷を負った。生きているのが不思議なぐらいだ。そのときの事は思い出したくもないが、青龍の脳裏にははっきりと刻まれている。忘れるはずもない。自分が最も嫌っていた同胞のひとりが、晴明を手にかけたのだ。いいや、あれは最早同胞などではない。忌むべき、敵だ。
 青龍自身も酷い手傷のために異界での療養を余儀なくされた。しかし、神将の身体は人間とは違う。まだ治りきったわけではないが、どうにか動けるまでにはなっていた。
 未だ全快とはいえないこの身には十二神将二番手の凶将の神気は辛い。ぎりぎりと拳を握り締めた青龍に、勾陣は何か言いたげに口を開きかけて、背を向けた。
 途端、身体を絡め取っていた神気が掻き消える。
「くそ……っ、何なんだ、一体」
 消えた背中に向かって盛大に舌打ちを零して、青龍は人界へと降りた。



 他の神将たちがいるところとはかなり距離を取ったところにある大岩にもたれて、騰蛇は立てた片膝に頬杖をついていた。
何をするわけでもなく、重たい灰色の空を眺めては地に視線を落とすという動作を繰り返していた騰蛇は、ふと顔を上げた。こちらに近づいてくるものがいる。一瞬眉根を寄せ、それから正体に気づいて元通りに岩に背を預けた。
 自分がいるとわかっているのにわざわざ足を向けるような存在など限られているし、何よりもその神気が、誰なのかを教えてくれた。
 彼女は、騰蛇が心の隙間に入れることを許した二人のうちの一人だ。
「勾、か。……何か用か」
「いや、別に」
 低く問いかけた騰蛇に首を横に振って、勾陣は大岩の上に腰を下ろした。癖のない黒髪の間から覗くその表情は、どこか硬い。
 何か気がかりなことでもあるのだろうか。
 いや違う、と騰蛇は内心で否定をした。機嫌が悪いのだ。纏う神気も普段よりかなり刺々しい。常に理性を失わず冷静な彼女らしからぬその様子が、どうにも気にかかった。
「……何かあったのか」
「何故そう思う」
「見ればすぐにわかる。荒れてるだろ、勾」
 俯いている顔をちらりと見上げてそう言ってやると、呆気に取られたように目が軽く見開かれた。驚きを見せたのも束の間、黒曜の瞳の奥にいつもの落ち着いた光が戻り、神気が次第に凪いでいく。
 額に手を当てて髪をかき上げ、勾陣は苦笑気味に溜息を漏らした。
「お前に気遣わせるとは、どうやら私は相当理性を欠いていたらしい」
「珍しいな」
「なに、大したことではない。少し、苛々していただけだ」
 それ以上を勾陣は語ろうとしなかった。騰蛇も詮索する気など持ち合わせていないので、それきり二人の間には沈黙が流れる。
 静寂を破ったのは、騰蛇、という勾陣の声だった。
「私は常に一歩引いた立場で物事を見定めようとしていたつもりだった」
「……それがどうした」
「そうしようと思ってもできないこともあるのだと、思ったのさ」
「……は?」
 胡乱げな顔の騰蛇を眺めて、勾陣は声には出さずに面白い顔をしているな、と胸の内で呟いた。苛立っていたことを彼に見抜かれたのは意外だったが、もしかしたら何か気づくだろうかと期待をしていた事実は否めない。騰蛇の元へ行けばその苛立ちが治まるかもしれないと、どこかでわかっていたのだろう。
「……それはそれで癪だな」
「何がだ」
「いいや、何でもない。とりあえずすっきりしたということだ」
「そうか」
 俺のところへ来てそんなことを言うのはお前だけだ、と続けた騰蛇は珍しく僅かな笑みを口元に浮かべた。
 青龍の態度が気に喰わないので無言の圧力をかけにいってやったと言えば、こいつはどんな顔をするだろうか。

fin.

珍しくキレる姐御。

08.6.9.