助力を乞う/手を貸す




 夜半、昌浩がぐっすりと寝たのを見計らって、物の怪はそろそろと庭に下り、築地塀を軽々と跳び越える。何となく、二回宙返りなどしてみて、すた、と地面に着地した物の怪は、ふと首を後ろに巡らせた。
 じぃ、と塀の上の一点を見つめると、音もなく顕現する影がある。別に顕現しなくとも、同じ十二神将である物の怪には、何の関係もないのだが。そこは気分の問題だろう。
    何の用だ、勾」
「用が無くては、いてはいけないのか?」
 首を軽く傾けて、勾陣は涼やかに微笑った。普段異界にいることの多い彼女が、何故ここにいる。
「いつからお前は、そんなに心が狭くなってしまったのだ、物の怪よ」
「物の怪言うな!!」
 がおう、と吼えて、物の怪はくるりと勾陣に背を向けた。時間が勿体無い。どうせ何を言ったところで、同行して来るに決まっているのだから。昌浩が自分の不在に気付く前に、とっとと夜回りを済ませてしまおうと、思った。
 時折、昌浩に頼まれて都の様子を窺う事はあったが、今日はそうではない。物の怪自身の、意志に拠るものだ。



「特に、異状はなさそうだな」
都をぐるりと一回りして、怪異が起こっていたり、おかしな化け物が出ていないかを確認してみたが、これといって、気付いた点もなかった。窮奇を倒したので、それなりの平穏が戻った、と見て良いのだろうか。
 何某かの貴族の邸の屋根の上で、物の怪と勾陣は、もう一度辺りを見渡した。月が、安倍邸を出て来た時と比べて、僅かだが傾いている。そろそろ戻るか、と互いに顔を見合わせたその時。
 勾陣は、何かの気配を感じて、反射的に半歩、足を後ろに引いた。
     式神〜っ!!」
「おわぁっ!?」
 ばさばさと、月明かりの中から小さな影が大量に降って来る。まさか、そんな筈はと油断していた物の怪の姿は、雑鬼達の山に埋もれ、あっという間に見えなくなった。
「よ!式神。孫の具合はどうよ?」
「あの異邦の化け物共の親玉と戦ったんだろ?」
「お蔭で俺達にも気ままな妖生活が戻ってきたってものさ」
「感謝してるぜ!!」
 既に何処にいるかすらも定かではない物の怪に向かって、雑鬼達は口々に言い放つ。その下でじたじたともがいていた物の怪は、ようやく上半身だけを覗かせた。
「お〜の〜れ〜……」
 前足を必死に宙に伸ばし、物の怪は呻いた。何故、自分がこんな目に遭わなければならないのだ。これは昌浩の習慣であって、断じて自分は関係ないはずだ。
「お前ら、何で俺の所に来る!?昌浩を潰さんか、昌浩を!!」
「え〜、だって孫、臥せってるしさー」
「安倍の邸は結界張ってあるしさー」
「でも、潰さないと気が済まないワケよ」
「そこに勾もいるだろうが!俺だけを狙うな!!」
 この状況を、面白そうな顔で見下ろしている勾陣を、びし、と指さす。
 非常に理不尽だ。納得いかない。
「だって、あっちの式神は怖いんだもん」
「お前もそれなりに怖いけどよー」
「でもお前の方が潰しやすそうだったもんな!」
「なっ!!」
 嬉々とする雑鬼達に、物の怪は怒りでふるふると肩を震わせる。そうして、未だ傍観者に徹する同胞に、目をやった。
「おい、勾。見てないで助けろ!」
「成る程。これが潰れか。面白いな、覚えておこう」
「面白くないわ!ついでに覚えるな!こーんなに小さくて健気で愛らしい俺様が、救いを求めてやってるんだぞ!? 助けようとか、思わんのか、こら!!」
 一体、これの何処が健気で愛らしいと言うのだろうか。小さい、という点は認めるにしても。
 つらつらとそんな事を考えつつ、勾陣は口を開いた。
「思わない、と言ったらどうするのだ?」
「薄情者!!」
 くわ、と牙を剥き出して怒る物の怪を眺め、勾陣はその場にすとん、と腰を下ろした。目線の差が一気に縮まる。
 尚も無駄な抵抗を試みる物の怪に、勾陣は顎に手をやり、薄く微笑した。
「助けてやっても良いが、     高くつくぞ?」
 そのまま両手を伸ばし、ひょい、と雑鬼の山から物の怪を掘り出す。
 ちぇ、と雑鬼達が散らばり出したのを目の端で確認しながら、物の怪は夕焼け色の瞳を大きく見開いた。
「これは貸しにしておいてやろう。いつか、返せよ?」
 そう言った時の勾陣の浮かべていた微笑みは、それはそれは恐ろしいものだったと、物の怪はある日の心の日記に書き留めた。
 何があっても、こいつにだけは助力を乞いたくない。そう思った、瞬間だった。

fin.

三巻と四巻の間ぐらい。ちょっと捏造気味

05.8.12.