そんな彼らの年越し風景




大晦日の晩、それは、新しい年を迎えるのだという、無意味な興奮と、漸く全てが終わったのだと錯覚させるような穏やかな一時。
大掃除は終えた。
おせち料理も作った。
さあ後はこたつに入ってのんびりテレビでも、と言う時に、その争いは勃発する。

「あー!!」
太陰は叫び声を上げた。その声が向けられているのは、テレビのリモコンを手にしている、彼女と同じ風将の白虎だ。
突然発せられたお転婆娘のきゃんきゃんとした甲高い声に、彼は少々眉を顰めた。
「何だ太陰、うるさいぞ」
「何だじゃないわよ!何で勝手にチャンネル変えんのよ!?あたしこれからドラ○もんの大晦日スペシャル見ようと思ってたのに〜!ちょっと、演歌なんて止めてよ!白虎、おっさんくさいわよ!」
「お、おっさんくさいだと!?太陰、そこに座れ!年が明けるまで説教してやる!」
「いやよ!」
ぎゃあぎゃあと不毛な言い合いを繰り返す二人に、丁度そこへやって来た紅蓮は、何をやっているんだこいつらは、と言いたげな目を向けてこたつに足を突っ込むと、放置されていたリモコンに手を伸ばした。
やっぱり大晦日は格闘だよなぁ。今年はオリンピックのメダリストの柔道王が出るし、これは注目だ、などとつらつらと考えていると、横からさっとリモコンを横取られチャンネルを変えられてしまった。
む、とそちらに顔をやると、彼の隣に腰を下ろした勾陣が、手の中でリモコンをくるくると弄んでいる。
「……勾、チャンネルを戻せ」
「ふん、何が楽しくて大晦日の晩に汗臭い男共を見ねばならないのだ。私はレコード大賞を見る」
「汗臭いだと!?格闘技は素晴らしいじゃないか!男のロマンだろう!」
「何がロマンだ。そんなに闘いたければ青龍でも引っ張り出してその辺でやってこい」
座卓に肘をついて悠然と言う勾陣に、紅蓮は青筋を浮かべて憤然と反論した。
この時点で、風将二名は居間の片隅でお説教モードに突入しているので、既にチャンネル争いからは離脱している。六合はさっさと彼女の所へ行ってしまったので、いない。
ついでに言うと安倍一家は全員京都の本家で年末年始を過ごす予定となっている。勿論、彰子は自分の家  藤原家  に帰った。
つまり、今現在この家には、幸か不幸か十二神将達しかいないのだ。
と、延々と続く無駄な喧嘩と説教を聞きつけて、太裳がひょこりと顔を出した。
「……何をやっているんです?」
太陰が説教されているのはいつもの事だとしても、最強にして最凶の神将と、それに次ぐ二番手が争っているのだ。さぞかし深刻な問題に違いないと判断した彼は、二人に声を掛けた。
それに対して勢い良く振り向いた彼らは、同時に言い募った。
「レコード大賞だよな!」
「男なら格闘技だろ!!」
瞬間、彼は自分の認識が甘かった事を思い知った。
あなた達はそんな下らない理由で喧嘩してたんですかと、思わず口を挟みたくなったが、そんな事をすると更にややこしくなるので、太裳は素直に己の意見を述べた。
「レコード大賞ですね」
途端に、勾陣がざまーみろ、と言わんばかりの勝ち誇ったような笑みで紅蓮を見る。
ついでに、紅蓮の手からリモコンを奪い返し、目当てのチャンネルにした。
「何故だ!?格闘技だろうが、そこは!」
「レコード大賞です」
「……っ」
普段と変わらない穏やかな微笑の裏に、何か薄ら寒いもの、もっと言ってしまえば、勾陣と同じ類のものを感じた紅蓮は、ぐっと押し黙った。
これ以上言い返してはいけないと、彼の本能が告げている。
こうして、とりあえずチャンネル争いは一応の終結を見た。
しかし、白虎の説教だけはやっぱりまだ終わってはいなかった。
まだ続くのだろうかと、その場に居合わせた全員が思ったその時、電話が鳴る。
気付いた太裳が立ち上がりかけた時、コール音が止んだ。恐らく、他の誰かが取ったのだろう。
再び腰を下ろすと、居間と廊下を仕切る扉が控えめに開いた。
「太陰と勾陣はそこにいるだろうか?」
「おや、玄武。どうしたんですか?電話は、誰からで?」
「京都の昌浩からだ」
電話の相手を問うてくる太裳に答えて、玄武は太陰と白虎のところへ足を運んだ。
白虎がそれに目をやり、この辺で勘弁してやろうと説教を切り上げたので、太陰は此れ幸いと玄武に訴えた。
「聞いてよ!白虎ったら酷いのよ!ちょーっとあたしがおっさんくさいって言っただけでずぅ〜っと怒るんだもの!」
それはお前が悪いのだろうと玄武は思ったが、長い付き合いの中で言うべき事とそうでない事を学んだ。
よって彼は太陰の訴えは放って置いて、自らの用件を簡潔に述べる事にした。
「太陰、今し方京都にいる昌浩から電話があった。ドラえ○んはこちらで録画してあるから心配しなくても良い、だそうだ」
「ほんと!?やった〜!昌浩ってばたまには気が利くのね!」
今までの落ち込みと怒りは何処へやら。急に元気になった台風娘に、玄武は内心苦笑した。
さっき電話で話したとき、昌浩が、『太陰絶対見たがると思うんだけど、そっち争奪戦激しそうだからさ〜。丁度成兄のとこの子達も見たがってたし、こっちで録画しとくから心配しないで良いよ、って言っといてくれる?』と言っていたのを思い出す。
確かに昌浩の読みは当たっていたようだ。
そう言えば、勾陣への伝言もあったのだった。太陰に気を取られていてすっかり忘れていたが。
「勾陣、昌浩から電話で言われたのだが」
「何をだ?」
くるりと振り向いた勾陣に、玄武は暫し躊躇し、昌浩からの言葉を一字一句違えずにきっちりと伝えた。
「えーっと…『勾陣が好きそうなビートた○しのTVタックルスペシャルもついでにこっちで録画予約してるから紅蓮とチャンネル争ってボコボコにしないでね』……と」
「……私は一体昌浩に何だと思われているんだ?失礼な。どうせやるなら半殺しにして強制的に寝正月にしてやるさ」
「勾陣、あなた今さり気なくもっと酷い事を言いましたね」
「……勾、俺の存在はお前にとって何なんだ?」
「聞きたいか?」
にや、と形容するのが相応しい笑みを浮かべた勾陣に、いえ結構です、と慌てて返して、紅蓮はこみ上げて来る悪寒に気付かなかった振りをした。



玄武は座ったまま居間をぐるりと見渡した。
現在18:30を少し過ぎた頃。総勢6名の神将がこの場にいる。これは結構な人口密度だろう。
「ところで……青龍と天后は台所にいるのを見かけたが、朱雀と天一はどうしたのだ?」
傍らに同じように座り胡坐を掻いている白虎に問うと、彼はさあ?と首を傾けた。
「そう言えば、何処へ行ったんだ?おい太裳、朱雀と天一を見なかったか?」
「彼らですか?30分程前に買い物に行く、と言って家を出ましたけど」
丁度あなた達がここで言い合ってた頃ですね。うるさくて気付かなかったんじゃないですか?と太裳は続けた。
暗に自分たちの騒がしさを非難されているような気がして、白虎は軽く肩を竦め、玄武と顔を見合わせる。
ふと、玄武は顔を上げた。
「噂をすれば、帰ってきたようだ」
その言葉通り、玄関の扉が開く気配がし、やがて居間の扉がすぱん、と開かれた。
皆が一斉にそちらを見ると、お揃いのマフラーをした朱雀と天一が立っている。
朱雀は両腕に箱を抱え、天一は手にスーパーの袋らしきものを持っていた。
「朱雀、それは何だ?」
「見て分からんか、缶ビール1ダースが二箱だ」
畳の上に箱を下ろすと、朱雀はふふん、と笑った。
「折角俺達だけなんだ、これぐらい楽しんだって良いだろう?」
「ねぇ、朱雀、あたしあんまりビールって好きじゃないんだけど」
おお、と大人組みが歓声を上げる中、太陰が不満そうに洩らした。
見かけは子供だが、中身は神将なので酒には酔わない。が、どうにも彼女の味覚にはビールが合わないのだ。
不平を言う度に子供っぽいと馬鹿にされるが、好みの問題なのでどうしようもない。
眉間に皺を寄せる太陰に、天一がにっこりと袋を掲げて見せた。
「太陰がそう言うと思って、チューハイも買ってあるのよ」
「あ、じゃあそっちにする!」
「よし。青龍と天后も呼んで来よう」
一つ頷いて勾陣が台所へ向かい、太陰はいそいそと玄武と一緒にチューハイの品定めを始めた。
のどかな団欒の場は、あっという間に酒宴へと変わりつつあった。


安倍家の居間に、神将が10人。
既にこの人数だとこたつに全員入れないので、石油ストーブも引っ張り出してある。
勾陣と太裳はレコード大賞を見つつ、あの歌手の歌い方はどうだとか、このグループの歌はこんなだとかと、あれこれ議論を交わしている。
何だかいまいち面白くない紅蓮は、ビールを片手に裂きイカを摘んでいる。決して勾陣を取られた気がするのが面白くないのではなく、格闘技を見られないのが気に入らないのだと、本人は心の中で言い訳をしている。が、実はこんな時を想定してしっかり録画済みだったりするので、やっぱり彼が面白くない理由は前者なのだ。
ふと他の同胞を見ると、太陰はチューハイを勝手にブレンドしておぞましい色をした物体Xを作り出し、玄武に無理矢理飲ませていた。
朱雀と天一なんて、見なくても分かる。どうせ二人の世界に浸っているに違いない。横目で見遣ると、想像の通りだった。
きっと本人の意思だろうが、紅蓮から一番離れた場所に座っている青龍は、相変わらず富士山が噴火したかのような仏頂面で酒をちびちびと飲んでいて、その横で天后が三つ目の蜜柑の皮を剥いている。
独り身は自分と白虎だけだ。
てか、これは本当に大晦日か?忘年会の間違いだろ。
ぶちぶちと心の中で毒づきながら、壁の時計に目をやった。19:18を回ったところだ。
半眼になって裂きイカに指を伸ばした紅蓮は、その場にもう一つ、新しい神気が加わった事に気付いて硬直した。
紅蓮以外の面々も、何事かと神気の元へと視線を集中させた。それもその筈。その御仁は滅多に人界にやって来ないのだ。
張り詰めた沈黙の中、注目をひたすらに集めて顕現したラスボス中のラスボスは、手にした杖をかつ、と畳に打ち付けて晴れやかに言った。
「さ、紅白歌合戦の時間だ」
彼に反論できる者など、この場に存在するはずもない。
かくして、何年ぶりだか何世紀ぶりに十二神将が一同に会し、(約一名は別の場所にいるが)仲良く紅白歌合戦を鑑賞する運びとなった。

fin.

突然ネタが降って来ました。そして手が勝手に動いてですね・・・
むしろこれ、今までで一番長いんじゃなかろうか。
とりあえず全員出してみました。旦那はさて置き。
勾陣と太裳の最強タッグ。紅蓮たじたじ。(笑)
太裳の出番がムダに多いぞ。何でだろ?
最初と最後のシーンは絶対に入れたかったのです。
リモコン争奪戦の中紅白を見るためだけにやってくる翁。(そもそも見えてんのか?という疑問が)
それでは皆様良いお年を!

05.12.31.